2008年8月14日木曜日

家畜と絶滅

アウシュヴィッツのモデルがソ連の収容所であったことはよく知られる(一説では「カティンの森」のようにソ連の捏造だという主張もあるが)。レーニンとスターリンの階級の絶滅が民族の絶滅に替わったのである。ポーランドでもこのコサック富農絶滅政策を真似たという。階級独裁は民族独裁、階級闘争は民族闘争と対応している。興味深いことにこの「絶滅」という方法自体はセム的である。アーリア人は他民族を家畜化させたことはあるが、破滅させることは無い。だから騎馬が上手だったのである(セムの場合、弓矢であった)。セム人(ユダヤ人)の場合、ゴイムの概念があるが、破滅させたことがある。ベンヤミンの「神的暴力」である。実はホロコーストを支えた毒ガスも原爆も作ったのもユダヤ人であった。ユダヤ人に世界征服のイメージがあるのは人類の歴史で初めて世界を統一したのがセム系だからであり、シオニズムやトロツキーの世界革命もあるだろうし、ディズレーリの帝国主義も例外ではない。イスラエル教自体がカントールの楽園的集合論(支族の集結)散逸離散(ディアスポラ)の構造をしているのだ。ベンヤミンはドイツが赤化していたら権力に擦り寄ったに違いない、全権委任法はナチスより共産党が先に考えていた。ソ連の収容所の所長がユダヤ人だったり、ポーランド侵攻時のソ連側の軍幹部にはユダヤ系がいた。どれにせよ他者に対して「家畜」か「絶滅」かと迫る二元論は恐ろしい。そういえばプラトン的二元論の起源はユダヤ教かツァラトゥストラ教かといった議論があるが(黙示文学はバビロニアやアッシリアやエジプトのセム・ハム系の神話に原型があったと思われる。これが環境的に尖鋭化していったユダヤ教(モーセのヨブ記の勧善懲悪から紀元前8世紀の預言や世界を支配する王であるメシア、世界への審判、究極の全宇宙の変革が出てきた第一イザヤ書とか)を通じて紀元前6世紀メディアのゾロアスターに影響を与えた、経典が成立するのは紀元後である)、あえて差異をあげるとすれば後者の二元論が同時的民族対立的であるのに対して前者だと楽園と失楽園、神と堕天使と、生命の樹のように系統樹でできた階層階級分化(流出)であり、「神人隔絶」「選民と異教徒ゴイム」は主体と客体のデカルト的二元論とも言える(「われ在り」はヤハウェである)。創世記にあるように神は有と無、光と闇を超越し、サタンは人間の敵でも神の僕であり、ニムロデも神への反逆者(悪魔)でも結局滅ぼされる。前者の場合、悪神(異教の神?)は絶滅されるが、後者は絶対二元論的に戦争し続ける。前者の場合、コヘレトの言葉のように「意思決定」論あるいは両立主義であるが(贈与が奪うことと同義である様に聖書の選択も選ばれると選ぶが同義ある)、後者は徹底して自由意志論である。前者では神は全てを満たしているから神は絶対善でも絶対悪でもある、神以外は「何かを欠いている」、神人隔絶である(善悪の知識の木があるように善悪は区別されない、持つか持たないかが焦点である)。選択理論的選民があり、それを個人レベルに高めた救世主がある。私は二元論も結局一元論だと思う。ヤコブのように神と争い闘っていても実は神の手にいる(孫悟空とお釈迦様?)。二元論が正しければ一元論も正しい。一元論があるから二元論がある。その善悪二元論の彼岸が「超人」である。形而上学ではなく、弁証法で言えば二律背反の「ジンテーゼ」である。これがユダヤ・セム系一神教的ヒンドゥー的一元論である(バラモン教の原型であるヨガも輪廻も沐浴も性器崇拝もアーユルヴェーダもドラヴィダ人のものである。ヴェーダやパーニニのアシュターディヤーイーを文字化したのも南インドである。パーニニもモヘンジョ・ダロ遺跡やハラッパー遺跡が残る今日のイスラム教国家パキスタンあたりで生まれたからドラヴィダ系かもしれまい。ヒンドゥー教の一元論を確立したヴェーダーンタ学派のシャンカラやラーマーヌジャは母系制が残る南インド出身と言われる。ブラフマンもアブラム、アブラハムと言われてるし、モーセの超能力(奇跡)も南インドのインド最強の聖仙リシであるアガスティアに類似している。南インドはユダヤ教徒と交流があることでも知られる。仏教もセム系から生まれたという説もあり(キリストやコーランと似ている)、大乗仏教もユダヤの文化から生まれた。日本語日本人古代ヘブライ=南インド起源説もある)。超人とは超人種といってもよい(ニーチェがアンチセミティズムを嫌っていたのはセムが偉大であることを知っていたのだろう)。アブラハムがシュメールの人物だったのに対してモーセの場合、エジプトの人物である(アメン信仰やアテン神はセム系のヒクソスに由来するらしい)。確固たる一神教も二神教もエジプトで生まれたのであろう。ターレス(還元主義、哲学の創始者)もエジプトやバビロニアでセム系一神教に触れたのだろう。ピタゴラスは一元論の創始者の一人だが、彼の数秘学や星をシンボルとしたのもユダヤ教の影響である(あのニュートンもそう考えていた)。重要であるのが金髪碧眼白色人種でもない有色人種こそが人類に大きく貢献したことだ。イランではなく、人類の祖先は肥沃な三日月地帯、アフロ・アジア族(地中海周辺の)にある。アフリカの黒人のイヴにせよ(それもエチオピア・チャド・ケニアといった北アフリカ)、古代文明人、シュメール人も「黒い頭」を自称した、ユダヤ人(エルサレムの黒い女)もエジプト人(ハム)もドラヴィダ人も浅黒い。ヨーロッパの偉人に金髪碧眼白色の三拍子が揃う人間が殆ど見当たらないというのも興味深い(イスラエル系のジュート族等が混じっているといえば突飛だろうが)。元来であればヨーロッパ人はゲルマン人、つまり、粗野で芸術や文学に関心の無い無趣味人だろう。要するに唯物主義である。文字も宗教も造らず、先住民や原住民を侵略し搾取し収奪してきた、ただの「蛮族」(バーバリアン)の子孫である。しかし、教化されたことから「啓蒙と野蛮」とでも言える。これが「西洋」の源流であろう。彼らをセム系の文字や宗教が支配しているのも当たり前と言えよう。超越とは以前も言った通り、「区分」が及ばないことである。そこに民族も階級も優劣も無い。「逃走」にも見え、そこで歴史は終わるというか、断絶する。その「超人」は「最後の人間」ではなく、新しい人類として、つまり、記憶(歴史)が無い黄金時代を迎える。

セム人は重用されたキュロスのイランを対立的に見るのはおかしい。インド・ヨーロッパ語族の起源がアーリア人と比定するのは今日では批判されている。インド・ヨーロッパ系言語の伝播もセム系文字の伝播と同様であろう。アーリアン説というのはオカルティストと亡命反革命主義者と北方人種至上主義者で賑わっていた当時最も反動的国家であったロシアと、帝国主義のイギリスで生まれた。クルガンの父権性が好まれたのである。イギリスではディズレーリ、ヴィクトリア女王時代のニーズから生まれた(主唱者であるミュラーはヴィクトリア女王と関係があった)。さらに言えば反ユダヤ主義的でも無く、ミュラーはメンデルスゾーンと親しかった。ロシアではブラヴァツキー夫人がそうであり、その後継者に選ばれたベザント会長であるとマルクス主義者であった(そういえばこのあたりに暮らしたロシア系ドイツ人が後でヒトラーのイデオローグになっている)。協会もユダヤのシンボルを掲げていた。ドイツでこの説を主張したのがヒトラーをむしろこれを貶めるものと激烈に対立した支部長であるシュタイナーであった。この方もリープクネヒトと関係があるといった社会主義運動と関わりがあった。この喧伝のせいかヒトラーさえも昔社会主義社会があったと言っている、これはカーストを誉めた態度と矛盾する(私は自らの外見からしても名前からしてもヒトラーが信じていたとは思えない、アイスナーを暗殺したのもヒトラーが嫌う者であった)。イギリスの東洋学者の間でも疑問が出されていたが、政治イデオロギーがこれを押し退けた。持たざる国であったドイツではゲルマンの神話学や哲学を足して、これがノルディック至上主義のナチに利用された。大体アーリア人種というものは存在せず、イラン人はセム人と同様コーカソイドの一派であり、セム系の文化や宗教の影響下にある。キュロス大王がセムの宗教を、後にダレイオスがマズダ教を採用したのだ(インドのタタもユダヤ系のサッスーンの配下)。そしてダレイオスもセム民族たちを保護し、監察官も駅伝制も道路(公道)も「史上最初の中央集権制であり、世界帝国である」アッシリアから継承し、その商人たちから貰った文字や製鉄を使い(軍隊で初めて鉄器と工兵を使用、最古の鉄製鎧もある)、セムの天幕に住んだのだ。ペルシャが質的に栄えるのはイスラム化してからである。アーリア至上主義も段々インド(今日でも文字言語がセム系である)でもイラン(アーリア人が居無い頃に繁栄している)でも科学的研究によって弱くなってきている。ミトラ教の研究者でさえ否定するだろう。ギリシャ人も彼らと自分達を区別していた。

それとジェノサイドといえばアルメニア人の虐殺である。これはある種ジェノサイドの先駆けだったという。アルメニア人といえばフリギア人(フリギア帽のフリギア)の末裔と言われる。アルメニアは世界で初めてキリスト教を国教にした国でもある。アララト山でも有名である。コーカソイドもユダヤ教やキリスト教から生まれた概念である(コーカサス語族は子音が多いところがセムと似ている)。スターリンのグルジアの隣がアルメニアであり、故にスターリンとグルジェフと知り合いだったという話がある(ティフリスはグルジア人よりアルメニア人が多かった)。ソ連はレーニンの頃からアタチュルクを応援していたのでジェノサイドは無いとされていたようだ(ただし、アルメニアが独立できたのはロシア革命のお陰)。しかし、カラハンやミコヤンといった党幹部を始め党官僚はユダヤ系と共にアルメニア系が結構いた。アルメニア人はユダヤ人によく似ていると言われることが多い。どうやらアルメニア人の商才はフルリ人と混血したことからきている。あのハビルもヘブライと読めるという指摘もあったが、実際だとフルリ人が多かったという。フルリ語自体は非インド・ヨーロッパ語族だが、マリヤンヌというインド・イラン系が支配階級として征服していた。フルリ人の宗教はアッシリアのコピーで、アッティス崇拝やフリギアのキュベレーもフルリがもたらしたと考えられる。このジェノサイドの黒幕がユダヤ人だったとも言われており、商売敵の粛清か、あるいは両者の長老の了解があったのかとも思ってしまう。