2008年7月11日金曜日

貨幣

建築物の常識として出口も入り口も一であり、これを通常共有する。この正規の場所以外を使うとすると泥棒か異常事態だろう。そして鍵を共有することも現代で言えば暗号を共有することと一緒である。パスワードを入力したり、カードを使うのも同様だ。貨幣を配給券や証書としたマルクスも正しい。共産党宣言で明確に言われているように共産主義はプライバシー(私的要素)の禁止を必須とする、貨幣の廃止を考えるとバブーフが主張していた各人の情報を登録するか、旧ソ連の囚人やわれらみたいにコード(番号)をつけるか、金庫のようにパスワードをつけてそれを共有するかだろうか。そもそも数字というのも金融資本主義の発祥地とも言うべき古代バビロニアで経済的動機から生まれた(この事実を史的唯物論者以外も共有すべき)。そういえば錬金術を生んだのもユダヤ人であり、ユダヤ人も金属や物質の記号で呼ぶことが多い。最初の鋳造貨幣を生んだのはリディアだったが、貨幣自体はセム系が生んだ。この経済も不老不死の貨幣の王権でできたものだ。そういえば手にしたものを金に変えてしまうというミダス王(プリギュア)もサルゴンの同盟者だった。計算器も古代バビロニアから生まれたが、これがヴェニスの商人の哲学、ベンサムのユダヤ商法の擁護、ノイマンの古典的計算主義とわたっていくのだろう。金融に限らず、カバラ(記号の操作)、ゴーレム(生命の操作)、あらゆるものを操ってきた物質文明の権化とも言うべきユダヤ人、或いはそれに似た根性(反ユダヤ主義者に多い選民思想もそのパロディと言えよう)が善くも悪くも世界を支配してきたのだ。カバラをコンピュータに、ゴーレムをロボット(生産手段)と考えると今日の混乱もどうも人類に対する貨幣(交換手段)の反乱とも言えそうだ。共産党宣言の「近代ブルジョア社会は、自分がよびだした地下の魔物を、もはや統御しきれなくなった魔法使に似ている。」のところで言った「生産手段や交換手段の反乱」もこういうことだろう。一方で古代エジプトの場合、無利子で寿命つきだったそうだ(ブレードランナーのレプリカント?)。イスラム金融にも通じるだろう(緑の資本論?)。先史時代だと原始共産制があった。文字に関わらず技術が発達できたのも興味があるところだ。どこの宗教でも当初は口伝口承だったと思うが、デリダのパロールだろうか。ドゥブレのメディオロジー的唯物史観的技術決定論的に言わせてもらえればパロールは反動である。共産主義はエクリチュール(セム?)、新聞や本、活字媒体で台頭した。そしてファシズムはパロール、詩人や音楽家を伴ってラジオで台頭した。次は「リアル」に働きかけるメディアが台頭するだろう、言ってみれば写真やテレビ、カメラだ(共産主義もファシズムもこのメディアも使ったが)。